「不快な物を排除」するポリコレ思想より「棲み分け」思考のが良くね?


今日はずっと前から思ってた事
思い切ってぶちまけようと思う

「不快」を理由に表現規制をするな

というのが今回の主張

万人が不快にならないものは無い

「不快だから配信停止して」
「不快だから規制して」

これがまかり通る世界は
とても窮屈な世界だと思う

なぜなら
全ての人が「不快に感じない」
なんてことは、まずあり得ないから

太った人(デブ)を見て
不快感を感じる人もいる

ファッションセンスがダサい人を見て
不快感を感じる人もいる

男性嫌いな女性なら
男を見るだけで不快になるかもしれない

年配の方は
髪の毛を染めたりピアスしてる若者を見て
不快に感じる人も多いだろう

不快に感じるからを理由に
何かを規制・禁止するのは
とても暴力的なことだと思うんだよね

と言われるキリストだって
万人を納得させることはできなかった

と言われる仏陀だって
全ての人が受け入れてる存在ではない

それどころか
世界中の争いの原因の多くは
宗教戦争だったりもするわけで

神仏と呼ばれた存在すら
万人を不快にさせない
なんて不可能なんだからさ

不快」を理由にして
何かを禁止しようとしたら
行きつく先は、全てが禁止になる

そんな世界、生きてて楽しい?

息苦しいだけじゃない?

規制論は不可逆性

一度、規制・禁止されたものが
その後に緩和されるケースはほとんどない

逆に規制論はドンドン加速していく

タバコ増税
ドンドン上がっていく一方
(個人的にはタバコ好きじゃないけどさ)

AVの表現規制
ドンドン厳しくなってきている
(「女子高生」や「JK」というワードが禁止されている)

海外のフェミニストが騒いだ結果
レースクィーンという職業もピンチ

女性の味方であるはずのフェミニスト
女性から職を奪うという矛盾な結果に…

一度規制してそれが常識になってしまうと
元に戻すのが難しい

「自分に関係ないから規制してもいいや」

ってスタンスでいると、
規制論はどんどん加速していって
いつか、自分の興味があるジャンルにまで
規制論の流れ及ぶこともある

棲み分け思考

「不快だから禁止」
「不快だから規制」

こういう、世の中から幸福をへらす風潮を卒業して

棲み分け思考」が根付いてほしいと思う

「棲み分け」とは


生活様式のほぼ等しい異種の生物群が、
生活空間や生活時間・時期を分け
競争を回避しながら共存する現象
ヤマメが下流に、イワナが上流にすむ例など。

※デジタル大辞泉より

不快であるならば
対立せずにゾーニング等をして棲み分け共存すればいい

BL好きな人
アニメ好きな人
タバコが好きな人
お酒が好きな人
ヒップホップが好きな人
V系が好きな人
邦ロックが好きな人
アイドルが好きな人

それぞれが
自分の興味あるコンテンツで楽しめばいい

不快だと感じるコンテンツを見つけたら
近づかないようにすれば良い

アナタにとって「不快」でも
誰かにとっての「楽しみ」かもしれない

同じコンテンツコンテンツに対して
不快」か「心地よい」かなんて
人によって違うんだからさ

嫌いなものや不快なものに
イチイチ噛みついて攻撃するなって思うね

全ての人類が
不快だから禁止しろ」論になったら
最終的には、世界中全ての物事が禁止されてしまう

超不自由社会

になっちゃうよね

言論の自由
思想・表現の自由」を制限することは

多くの人の人生を窮屈なものにする

多くの人が「棲み分け思考」になって
多種多様なコンテンツ・嗜好を享受できる
そんな社会になってほしいよ

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