「何をしたか」ではなく、「誰がしたか」で評価される知名度至上主義


中二病のみなさん、ちゅにーっす

さて、今日は世の中の理不尽についての記事だよ

誰がやったか何をやったか

知名度、人気の高い人Aさん
知名度、人気のないBさん

このAさんBさん
「海岸掃除」をしたとしよう

そしたら、世間からのAさんの評価は

Aさんは本当に人格者だ、偉い!」
Aさん素敵、大好き、恋人にしたい!!」
Aさんイケメンすぎ」
Aさんカッコイイから今度差し入れしにいくね!」

一方でBさんの評価は

「」
「」
「」

人気も知名度も無ければ
誰にも気づかれることはない

誰かに評価されることは殆どないし
それにより旨味を得られることもない

もちろん、Aさんは有名だからアンチも湧くかもしれない
しかし、その分、信者もつくから
アンチが湧いても信者が守ってくれる

一方で、Bさんは人気がないから
愉快犯のアンチが面白おかしく攻撃してくることもある
そんな時、Bさんには守ってくれる人が居ない

信者-min

こういう現象は色々なケースで考えられる

知名度×内容=評価

知名度至上主義 - コピー-min

イメージ的には、同じクォリティの事をしたとして

Aさん
知名度(100)×成果物のクオリティ(100)
評価=10000

Bさん
知名度(1)×成果物のクオリティ(100)
評価=100

動画再生数なら、同じ内容でも

Aさんなら10万再生
Bさんなら1000再生

同じツイートをしても

Aさんなら1000RT
Bさんなら0RT

Aさんの考え、共感できる」
Aさん面白いwwww」

こうなる

つまり、
人は「内容」よりも「誰がしたか」を重視する生き物



広告





とにかく知名度を上げないと負け組

同じことをしても
知名度があるかないかで大きく人からの評価は変ル

炎上系が流行る理由

炎上系-min

何故、リスクもあるのに
炎上系がネットでやる人が多いのか

それは、知名度が無いと何も評価されないから

だから、炎上系でまず知名度を上げて
アンチも着くけど、同時に信者も増やして
自らの知名度を上げて、発信力を高める

…という事が効果的になってしまっていル

正直、炎上系なんて良くないと思う

でも、炎上系を生み出してる原因って
見る側・評価する側が
「知名度で人を判断するから」だよなって思う

炎上系なんて皆が無視をすれば
炎上系で知名度上げようとする人、いなくなると思う

ドワンゴ夏野剛「日本人は議論が下手」

議論上の意見と、人格を一体化したがル

ドワンゴ夏野剛-min

ニコニコ動画の運営としても知られる夏野氏の名言

アメリカのディベートの授業では
その人がどんな人かは関係なく
「意見そのもの」で評価するのが鉄則

一方で、日本人の多くは
「その人の人格」で
正しい・正しくないを判断しがち

また、都合の悪い意見を
レッテル貼りで議論をそらしたりするのも的外れ

「そういうこと言うやつは童貞」
「そういうことを言うやつは低学歴」
「そういうことを言うやつは底辺」

みたいなねw

知名度をとにかく上げよう

とはいえ、今生きてる世の中は
知名度が何よりも大事な世界

上手く生きるためには
やっぱり人気・知名度があるに越したことはないね

それに、人気な人って言うのは
そのポジションになるための成果を出してきた人とも言えル

…まぁ中には運の要素もデカい時もあるケド

知名度至上主義は嫌いだケド
そんな世の中で生きる以上、
ある程度の人気取りはしないと駄目だね…

あー、人気ほしいw

どうすりゃできるんだかw
なんか、言い訳みたいな記事になっちゃってダサいね

数年後見た時、胸を張れるようにがんばりまっす

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする